腹腔鏡下腹壁へルニア修復術
腹壁ヘルニアとは?
「ヘルニア」とは、本来おさまっているべき所から、からだの組織がはみ出してくることを指す医学的な言葉です。「鼠径へルニア(脱腸)」や「椎間板ヘルニア(腰痛の原因)」が良く知られていますが、鼠径部(足の付け根)以外のおなかの壁(腹壁)の弱くなった部分から、腸管や内臓脂肪が飛び出る状態を「腹壁へルニア」と呼びます。
① 腹壁瘢痕(はんこん)ヘルニア
以前に受けた腹部の手術の際に縫い合わせた傷跡(瘢痕)が、術後に次第に弱くなり、膨らむようになったものです。腹部の手術後の腹壁瘢痕ヘルニアは珍しい状態ではなく、約10人に1人程度に発生するといわれています。多くの場合、左右の腹直筋を縫い合わせた部分が伸びてすき間ができ、そこから腸管や内臓脂肪などが脱出するようになります。傷の治りにくい要素のあるかた(糖尿病、腎不全、喫煙者、手術時の傷の感染など)や、腹腔内の圧が高いかた(内臓脂肪の多い太り気味体型)に生じやすい傾向があります。
② 臍(へそ)へルニア
おへそは、胎児のときに母親とつながっていた血管の通り道のなごりです。新生児の時期には膨らんだ状態(いわゆるでべそ)であっても多くの場合は自然に収まりますが、大人になってから、出産や肥満、慢性的な咳や便秘など、おなかの圧が高くなるような状態がきっかけで、へその部分が脆弱になり、臍へルニアを発症することがあります。

③ その他の腹壁へルニア
おへそ以外にも、おなかには筋肉と筋肉のさかいめなど、構造的に弱い部分があり、そこが膨らんで腸管や内臓脂肪などが脱出してくることがあります。
腹壁瘢痕ヘルニアの症状
立っているときや、咳をする、排便のときにいきむ、など、おなかに圧がかかったときにふくらみが大きくなり、仰向けに横になるとふくらみがもとに戻ることが多いです。初期には小さく無症状のこともありますが、小さいヘルニアでも、飛び出した腸が出口で締め付けられておなかの中に戻らなくなることがあります。嵌頓(かんとん)と呼ばれ、強い痛みが生じて腸が壊死してしまう恐れがあるため、戻らない場合は緊急手術を要することがあります。また、年月が経つとともに次第に大きくなることが多く、痛みや便秘の原因となることもあります。
腹壁瘢痕ヘルニアは治療が必要?
腹壁瘢痕ヘルニアは自然治癒することはなく、手術が唯一の治療法になります。ただし、必ず手術をしないといけないわけではなく、次にあげるような場合に手術を考慮します。手術には全身麻酔が必要ですので、高齢の方の場合は心肺機能などを調べたうえで安全に手術が可能かどうか判断します。当院には豊富な治療経験があります。お困りの方や悩んでいる方は、まずは受診の上ご相談ください。
瘢痕ヘルニアで手術を考慮する場合
- 痛みを伴う
- 生活に支障をきたす
- ヘルニア部分の皮膚がうすくなり腸管が透けてみえる
- 嵌頓(はまりこんで戻らなくなる)がおきる
- 見た目がとても気になる
腹壁ヘルニアの手術について
左右の腹直筋の間にすき間ができて弱くなっていることが腹壁瘢痕ヘルニアの原因のため、腹直筋を包んでいる筋膜どうしを正中に引き寄せて縫い合わせることが、手術による修復の基本となります。すき間の大きさにより、いくつかの方法がありますが、ヘルニアの部位や大きさを十分に考慮して、最善の方法を提案させていただきます。
1. 直接縫合法
すき間が1cm程度までの場合は、直接縫合により十分な修復が可能です。弱くなっている部分の3~4cm程度の切開で手術が可能です。
2. IPOM-plus法(腹腔鏡手術)
すき間が5~6cm程度までの場合は直接引き寄せて、縫い合わせることが可能ですが、縫合だけでは十分な強度が得られないため、メッシュと呼ばれる補強用の人工膜を広く張り付けて、強度を高めまることで補強を行います。緊張が強くて引き寄せきれない場合には、すき間を残したまま補強材を張り付ける方法(IPOM法)が行われることもありますが、そうした場合は、しっかり引き寄せの行えるRS-TAR法の方が望ましいとされています。
3. RS-TAR法(腹腔鏡補助下手術)
すき間が5~6cmよりも大きい場合は、緊張が強くなるため直接縫い合わせることはできません。腹直筋の背側にある筋膜(腹直筋後鞘)から、腹直筋を広い範囲で剥離し、その外側にある腹横筋を切離することによって、筋膜を十分に引き寄せることができるようになり、左右の筋膜の縫合が可能になります。手術による剥離範囲が広くなりますが、大きな腹壁瘢痕ヘルニアをしっかり治すには最も良い方法とされています。この場合も、剥離して作った筋膜の上のスペースにメッシュを広く敷いて強度を確保します。多くの場合は腹腔鏡補助手術で小さい傷での手術が可能ですが、大きなヘルニアについては腹部のある程度の切開が必要となります。
(メッシュの例)
手術後の合併症について
手術後の経過・入院期間について
術翌日から歩行・飲水・食事を始めます。術後の痛みを可能な限り少なくするために、飲み薬の痛み止めに加えて硬膜外麻酔(腰からの痛み止めの注入)を数日間併用します。痛みが軽減し、創部感染や血種などの合併症がないことを確認して退院となります。直接縫合法、IPOM-plus法の場合は術後3日程度、RS-TAR法の場合は術後5~7日程度が標準的期間です。